芳野君太鼓

販売価格 50,000円(内税)
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雄也くんは太鼓を叩く。プラスチックでできた太鼓の皮は、2年間のうちに少しずつ凹んでいった。太鼓の表面はデコボコになり、ネジもゆるんで、音がうるさくなった。片面に穴が開いた。彼は太鼓を裏返して叩き続けた。テレビを観ていた子どもから、テレビの音が聞こえないと苦情が出た。怒鳴るような声で話さなければならず、職員も嫌気がさしてきた。「雄也くん、大きい音苦手じゃなかったっけ?」と、誰もが思いながら、彼の日課を止めさせようとはしなかった。あれは太鼓を凹ませる作業だと、私も自らを納得させていた。
そんなある日のこと、2年間叩き続けた太鼓についに寿命がやってきた。太鼓の音に耐え切れなくなった海来ちゃんが太鼓の上に座って邪魔をし、太鼓を叩けなくなった雄也くんが激怒しだしたのだ。雄也くんは海来ちゃんを押しのけ、叫びながら力いっぱい太鼓を叩いた。太鼓の表面に小さな亀裂がはしった。亀裂は穴になり、雄也くんがバチを振り下ろすたび、穴は大きくなった。雄也くんも穴に気づいた。気になってバチで皮をめくってしまった。また穴が大きくなった。
次の日から、雄也くんは長年愛用してきた太鼓を拒否するようになった。もう見たくもないといった様子で、スタッフが差し出す太鼓を払いのける。太鼓に寿命が近づき、いつか日課が終わる日が来ることは覚悟していたはずだった。しかし、これまで何があっても変わらずに続いてきた彼の日課がなくなってしまったことを、私は残念に思わずにはいられなかった。もう雄也くんの太鼓は終わってしまったのだろうか。うるさくてもよかった。彼がイキイキと毎日積み重ねていることが一番大切だったのに。肩を落とす私の目の前で、雄也くんは自ら小さなコンガを取り出してきた。一打、叩く。コッと、以前の太鼓とは似ても似つかない可愛らしい音がした。
アルス・ノヴァではもうテレビの音が聞こえないことも、大声で会話する必要もない。コンガの表面は革だ。ちょっとやそっとでは破れないだろう。今日も雄也くんは太鼓を叩く。凹みもしない硬い革に、今日もバチを振り下ろす。

作者紹介:芳野雄也
特別支援学校に通う高校2年生。日課の人。アルス・ノヴァでも家でも、日課が決まっている。時間が変更になったり、順番が変わったり、多少の変化はあるものの、アルス・ノヴァに来ると必ず太鼓を叩く。雨の日も、風の日も、ご機嫌なときも、怒りながらも、周りの状況なんかお構いなしに、現在も毎日太鼓を叩き続けている。(紹介は商品誕生当時のものです)

※こちらの商品は送料無料です

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